人と歴史

西欧化する日本に警鐘ー作家 小泉 八雲

JR新大久保駅から徒歩15分。雑踏な商店街から一つ路地に入ると静かな住宅街が広がる。そんな住宅街の中に公園がある。近くに歴史案内板のようなものがあり、覗いてみるとラフカディオ・ハーンこと小泉八雲が晩年住んだ邸宅があった所だという。

新島の夢を叶えた函館ー同志社創立者 新島 襄

今年は、新島襄が函館からベルリン号で米国に脱出して160周年に当たる。一年余りの航海を経て北米大陸のボストンに到着したのは、函館を出航した翌年1865年7月25日であった。

工業製品の品質向上に貢献ー第一次南極越冬隊長 西堀 栄三郎

滋賀県東近江市に「西堀榮三郎記念探検の殿堂」がある。1957年から58年にかけて第一次南極地域観測隊の越冬隊長を務めた西堀が、帰国後、祖父母と両親の出身地である湖東町(今の東近江市)の小学校で講演し、夢を持ち続けるよう生徒らを励ましたのに、当時の町長が感動したのがきっかけで建設されたという。

初めてロシアを見て来た日本人ー江戸中期の船頭 大黒屋 光太夫

江戸時代に船で遭難し、図らずも初めて帝政ロシアへ渡り帰国した日本人と言えば、大黒屋光太夫。

沖縄戦の特攻第1号ー特攻隊長 伊舎堂 用久

太平洋戦争が終盤に差し掛かった1945年3月、沖縄本島への上陸作戦を間近に控えた米軍は、先立って慶良間諸島への上陸を開始した。この時、石垣島の陸軍飛行場「白保基地」から、人知れず沖縄戦での特別攻撃隊第1号として飛び立った人物がいた。

近代短歌を確立ー歌人 石川 啄木

北の玄関口函館に津軽海峡を臨んだ大森海岸がある。およそ数㎞に続く砂浜でイカ漁の時期になれば遠くに漁火が見える名所である。

芸術と愛に生きた一生ー洋画家·紙絵作家 高村 智恵子

「いやなんです あなたのいってしまふのが― おまけにお嫁にゆくなんて よその男のこころのままになるなんて」(智恵子抄より 「人に」の一節) 高村光太郎が深く愛した妻・高村智恵子(旧姓長沼)は明治19年福島県二本松市の酒造家に生まれた。

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