人と歴史

【連載企画㉕】栄一と信頼関係結ぶ 渋沢栄一と偉人達 ~令和日本への温故知新~

大橋新太郎は上京すると、父佐平が棚卸をしていないことに気付きます。そして、早速、棚卸を行ない、損益計算書、財産目録を作成するなど、経理・会計面に精を出します。

【連載企画㉔】父の事業を手伝う新太郎 渋沢栄一と偉人達 ~令和日本への温故知新~

「日本大家論集」ほかの雑誌で成功を収めた大橋佐平は故郷・長岡より新太郎を呼び寄せることになりました。新太郎は長岡での事業を弟の省吾に譲り、明治21年春に上京、佐平とともに博文館の経営に携わることになったのです。

【連載企画㉓】出版のデパート「博文館」渋沢栄一と偉人達 ~令和日本への温故知新~

大橋佐平が主導した博文館出版の嚆矢『日本大家論集』第1編は、諸家の名著佳文を抜粋再編した内容で、日本の出版業界からは殆どが、剽窃であり、まさに「日本抬花乱集」と呼ぶべきだなどと攻撃されましたが、初版の3000部は、たちまち完売となる上々のスタートを切りました。

【連載企画㉒】雑誌出版「博文館」の隆盛 渋沢栄一と偉人達 ~令和日本への温故知新~

大橋佐平のこうした新時代での生き方は、保守層の多い城下町長岡(新潟県)では好まれませんでした。

【連載企画㉑】御用商人から起業家へ 渋沢栄一と偉人達 ~令和日本への温故知新~

渋沢栄一が作った「家法」「家訓」は、のちに「三井家憲」という日本財閥史上において近代的大改革を生み出しましたが、これら一連の動きに少なからず貢献した人物がいました。

【連載企画⑳】渋沢家の「家法」とは 渋沢栄一と偉人達 ~令和日本への温故知新~

「栄一が実業界に確固たる地位を築き、『一家の創立』を決意した明治20年代、栄一は複雑な血縁関係を整理する必要にも迫られていました。うがった見方をすれば、法律と財務のスペシャリストを相次いで婿に向かえたのも、『同族』の範囲を厳密に定めるための周到な準備だったとさえ言えるかもしれない」と作家の佐野眞一氏は自身の著書の中で書いています。

【連載企画⑲】兜町の心臓部に乗り込む 渋沢栄一と偉人達 ~令和日本への温故知新~

渋沢栄一は、ついに「兜町」に乗り込んだのです。この当時、兜町は日本のセンタービジネス街の陣容を整えつつありました。

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