吉田悦花のわん句にゃん句

黒猫に生まれ満月感じたり(300)

猫は夜行性であることや、瞳孔が月の満ち欠けのように変化することから、月の動物とされてきた。

朝顔の葉陰に猫の目玉かな(299)

朝顔は、秋の訪れを感じさせる花として、秋の季語となっている。夜明けに開いて昼にはしぼむ。日本人は、この花に秋を感じてきた。

日盛や村のポストを犬通る(298)

「湘子の『俳句研究』五十句のための千曲川源流吟行に参加。民宿に三泊して千曲川を遡る。川上村では、犬がのんびりとポストの横を通っていた」(「奥坂まや集」俳人協会発行より)

炎天の犬捕低く唄い出す(297)

昔、野犬狩があった。その不気味さをうまく捉えた句である。

惚けたる母に添ふ猫夕端居

「端居」は家の縁側や軒先など、風通しの良い場所で涼むこと。「母に添ふ猫」は、飼い猫ではなく野良猫かもしれない。夕方になると、いつのまにか傍にいる老いた猫。

赤き犬ゆきたる夏の日の怖れ

昭和10年の作。翌年、大学卒業をひかえた白泉は、俳句へのめり込み、近代的な俳句表現を模索した。街で出会った赤犬に、なにか不吉なものを感じたのか。それは、何か大きな社会不安を孕んでいたに違いない。

犬抱けば犬の眼にある夏の雲

昭和18年頃の作品。飼い主に抱かれた犬は、夏の雲を仰ぎ見ている。見開かれた二つのまなこには、白い夏雲がしっかり焼きついている。

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