ビジョンなき岸田政権、専門家2人に2024年の政界を問う

令和5年は12月に自民党のパーティー券裏金問題が大きな注目を集めるなど、さまざまな影響から岸田内閣の支持率は急落した。自民党総裁選挙が予定される新しい年に日本はどうなるのか、あるいは、どうすべきなのか。政治評論家の田村重信氏、元航空幕僚長の田母神俊雄氏に語ってもらった。(政治部・豊田 剛)

政府は積極財政に舵切れ

たもがみ・としお 昭和23年福島県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。第38代航空総隊司令官、第29代航空幕僚長。退官後は東京都知事選に立候補。危機管理、政治、国際情勢分析の専門家として、講演、著作活動を行う。
たもがみ・としお 昭和23年福島県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。第38代航空総隊司令官、第29代航空幕僚長。退官後は東京都知事選に立候補。危機管理、政治、国際情勢分析の専門家として、講演、著作活動を行う。

元航空幕僚長 田母神俊雄氏

どんなに批判されても国家・国民のために頑張るのがリーダーとしての役割なのだが、岸田文雄首相は実に批判に弱い。国をどうしたいのかのビジョンが明確ではなく、国民だけでなく米国からもあれこれ言われて右往左往している。結局、総理になりたかっただけの人に見えてしまう。三つでも五つでもいいから総理の任期中にやりたいことを列挙すべきだ。

自民党政治は米国に忖度した対米従属で、このままでは国家を弱体化させてしまうだけだ。ただ、野党があまりにもだらしないため、消去法で自民党しかないと考える国民が多い。今の自民党政治は政権を維持させることで精いっぱいで、そのために公明党と連携するしかない。ただ、これは国民のためではなく、保身の政治だ。昨年結党された日本保守党は期待が持てる。自民党がこれに取って代わられるかもしれないと恐れを抱く状態にならないと、自民党は変わらないだろう。

今の税制もおかしい。財務省は、防衛費増など歳出を拡大するためには国民の応分の負担、すなわち増税が必要という立場にある。財務省主導の緊縮財政は間違っている。景気を回復させるには減税が基本だ。ところが、必要な国債発行は行われず、税は少しずつ上がり、30年間も不景気から抜け出ることができずにいる。国防強化とその財源確保を同時に実現できるのが積極財政だ。

◆出生率上昇には給与アップ

景気が過熱してきたら税を徴収すれば良い。過去30年、世界平均でGDPは2倍以上増えているが、日本はわずか0・98%と低迷した。日本は転落の30年間を経験している。これは米国の言うことをことごとく受け入れてきた結果だ。1985年のプラザ合意※は、日本弱体化の政策だったと言える。

用語解説
※プラザ合意
1985年9月22日、米国ニューヨークのプラザホテルで開かれ、先進5カ国(G5)の財務相と中央銀行総裁が合意した為替レートの安定化策。米国の貿易赤字削減のため、為替を円高・ドル安に誘導するのが合意の柱だった。

日本は長期の低迷期に入った結果、少子化が急速に進んだ。少子化の最大の原因は、給料が上がらないことにある。東京23区内だけを見ても生涯未婚率で大きな差があるが、これは収入の差に起因することが分かっている。

日本の出生に占める婚外子(非嫡出子)の割合は2・4%(2020年)。これに対し、欧米主要国の比率は高く、フランス61・0%、スウェーデン54・5%、アメリカ40・0%(いずれも2019年)。

22年の名目GDP国際比較
22年の名目GDP国際比較

日本では、結婚しなければ子供が生まれない。結婚させるためには給料を上げないといけない。ところが、生活できるだけの給料を稼げないため、未婚率はどんどん上がっている。

今、政府が進めている子育て支援だけでは少子化は止まらない。給料が上がらない施策を改めなければいけない。少子化担当相が16年で歴代で26人務めたが、何の結果も出していないではないか。

「女性が輝く社会」という聞こえの良いスローガンがあるが、まやかしにすぎない。女性は男性よりも安い賃金で雇うことができるから経営者にとって都合がいい。外国人労働者にも同じことが言える。一方で、仕事としている政治家や経営者の妻はほとんどいない。夫の稼ぎが良ければ、妻は働かずに済むのだ。

国民から豊かさと幸せ奪うな
批判に弱く、ビジョン無き岸田首相

◆言論の自由保障せよ

今、日本では、最も言論の自由を保障すべき立場にある政治家が言論を束縛している現状がある。ヘイトスピーチ禁止や差別禁止など、制約が増える一方だ。国民が幸せになるには、政治的にできるだけ自由でないといけない。意見を戦わせてこそ民主主義なのだから。

政治家は、自由のために戦わないといけないのだが、自ら自由を放棄している。杉田水脈衆院議員が以前、「LGBTは生産性がない」と月刊誌で発言し、当時の安倍晋三首相と菅義偉官房長官が謝罪した。これは国民に言論弾圧することと同じだ。結果として、国民の言論と行動の自由が奪われ、独裁国家に近づくことになる。

日本を貶める言論の自由は無限にある一方で、日本を擁護する言論の自由は極めて制約が多く、擁護すると袋叩きに遭うことが多い。マスコミが左の方ばかり見ているからだ。それに対する勢力への言論弾圧が常時行われている。30年前の日本国民の方が諸制約もなく豊かで幸せだった。

旧統一教会の解散命令請求でもそうだ。合法団体にもかかわらず、自民党はなぜ守ろうとしなかったのか。それどころか、周りが騒いだ結果、違法団体であるかのように扱い、「解散させよ」となった。その時の一方的な都合で対応をしてしまったが、本来は信者の自由を守る必要がある。

結論を言えば、今の自民党は、国民から経済(豊かさ)と幸せの両方を奪ってしまった。

日本の安全保障を考えるときに、真っ先に着手すべきは、憲法改正だ。まず9条を改正し自衛隊を正規軍と位置付けることが必要だ。それができないと、自分の国を自分で守れない状態が続く。


政治資金規正法改正せよ

 

たむら・しげのぶ 昭和28年新潟県生まれ。拓殖大学政経学部卒。宏池会(大平正芳事務所)を経て、自民党本部に勤務。政務調査会で調査役・審議役として外交・国防・憲法・安全保障等を担当。退職後、政治評論家。
たむら・しげのぶ 昭和28年新潟県生まれ。拓殖大学政経学部卒。宏池会(大平正芳事務所)を経て、自民党本部に勤務。政務調査会で調査役・審議役として外交・国防・憲法・安全保障等を担当。退職後、政治評論家。

政治評論家 田村重信氏

岸田首相は「新しい資本主義」や「異次元の少子化対策」という大きなスローガンを掲げているが、具体的な政策に乏しい。国民に分かりやすく説明する必要がある。今、岸田首相に必要なのは、きちんと話す力を付けることだ。政権スポークスマンである官房長官の仕事も大切で、昨年12月に就任した林芳正氏には特に、きちんと説明することを期待したい。

インバウンドは順調に増えている。治安が良く信頼ができる国民性なども相まってパフォーマンスはとても良い。ただ、物価高と円安が進む一方で、日本の給与は30年間上がっていない。こうした状況では政府の支持率は上がらない。

岸田政権の不支持が広がる影響で、中長期で経済をどうするかの理念を打ち出せずにいる。年末に決定した2024年度の与党税制改正大綱では、所得税の定額減税など一時的な軽減策を打ち出したが、大幅に膨らむ歳出に対する安定財源の議論は先送りした。防衛費の大幅増額分として27年度に1兆円を確保するための所得、法人、たばこ税の増税を25年に実施することも見送り、開始時期を決められなかった。子育て支援や社会保障の増額に対応する財源の論議も不十分だ。

◆改憲で米軍負担減へ

世界に目を向けると、昨年までウクライナとロシア、イスラエルとハマスの紛争が続いたが、いずれも今年中に収束するだろう。台湾有事の心配もあるが、それ以上に北朝鮮情勢が心配だ。日米韓首脳は昨年8月、米国キャンプ・デービッドで北朝鮮の弾道ミサイル発射の問題を話し合った。周辺で紛争が起きないようにするためには、どう抑止力を高め外交努力をしていくかが問われる。そのためには防衛力の強化と米軍との連携は欠かせない。

憲法上自衛隊は軍隊ではなく戦力でもない。防衛力の強化は現憲法下では限界がある。だからまず、憲法を改正して自衛隊を軍隊にしなければならない。そうしなければ、本当の意味で独立国になれない。米軍の駐留を減らして自衛隊を強化していくのが望ましい。
また、経済発展を考えると、中国、韓国、東南アジア諸国との交易を盛んにすることが重要だ。同時にロシアとの関係を改善し、グローバルサウス諸国との関係を良好にする必要がある。世界各国との経済協力を強化すれば、日本の経済は必ず上向く。

◆4月補選が正念場

昨年末からの自民党パーティー券問題が岸田政権の不支持に追い打ちをかけている。この問題で安倍派と二階派に検察の捜査が入った。結果、岸田首相に対する風当たりが強くなった。きちんとした対策を早く打ち出さなければならない。自民党は1993年に野党に転じたのをきっかけとして党改革本部を設置し、「党改革に関する緊急答申」を発表した。その後、その答申を受けて後藤田正晴元副総理を会長とする総裁直属の「党基本問題調査会」を再発足させて検討を行った。

内外情勢調査会で講演する岸田文雄首相=2023年12月26日午後、東京都港区
内外情勢調査会で講演する岸田文雄首相=2023年12月26日午後、東京都港区

政治とカネの問題を解決するには、首相は政治資金規正法の改正に手を着けるべきだ。また、使途の公表が不要な「政策活動費」をどうするのか、根本的な議論が必要だ。インボイス制度などで厳しく税金を監視する政治家に、どうして収入不記載が許されるのか。国民と感覚のズレがある。

派閥を解消すべきという議論があるが、自民党の派閥は中選挙区制の中で重要だった。選挙区で自民候補が複数人立候補する状況では、敵は自民党にあった。派閥は、領袖を総裁にするための組織でもある。総裁選に出るには20人の推薦人が必要で、派閥の長であれば、それを簡単に得られる。

一方、小選挙区制が導入されると、派閥の役割は薄まった。しかし、人間が多く集まればグループはできる。派閥を解消するのではなく、悪い面を排除し、良い面を大きくすればいい。  ただ、現在、派閥のリーダーはどれだけ国民から支持されているのか。現状は、無派閥の石破茂、小泉進次郎両衆院議員の人気が高い。人気のある議員をトップに据えた方が国民の支持を得やすい。

自民の支持率が下がれば、野党の支持率は上がるのが普通だが、今、野党各党の支持率は上がらないのはなぜか。一言でいえば、野党自身の責任だ。各党の代表はそれぞれが一歩引けばいい。ただ、自民に代わって立憲民主党や国民民主党の代表が首相になれるのか。次の首相にふさわしい人物の世論調査をしても名前すらない。そうであれば、野党の候補が各選挙区で予備投票をして候補を絞って大同団結をしたらいい。

政権支持率がここまで下がると、解散総選挙に打って出ようとしても思うようにいかない。当面の間は、岸田首相が政治とカネの問題を含め諸問題を処理して、国民の信頼を回復することだ。9月に総裁選があるが、その前の4月に衆院補選があり、自民にとっては正念場を迎える。新しい候補で総裁選を迎えることになるのか。

政治が悪いと投票率が低くなり、組織のあるところが有利になるものだが、国民一人一人が関心を持って選挙に行けば政治が変わる。

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