天下統一を支えた男

四国攻めで初の総大将に

 作家・堺屋太一の『豊臣秀長』(文春文庫)は「賤ケ岳の戦い」で終わる。「前田利家ら三将の『敵前逃亡』ともいうべき撤退は、前年の十一月に宝寺城で秀吉と会った際に了解済みのことだったともいう。これも大いにあり得ることだ」とし、「小牧・長久手の戦い」は「あとがき」で触れているだけ。

織田信雄との講和に動く

 天正11(1583)年、織田家筆頭家老の柴田勝家を滅ぼした秀吉は天下人への歩みを進める。それを苦々しく思っていたのが信長の後継を目論む次男信雄と、東海の有力大名として強大な兵力を擁するようになった徳川家康である。信雄と秀吉との対立が深まると、秀吉打倒の大義名分を得るため家康は信雄と同盟を結んだ。

清洲会議から賤ケ岳合戦へ

本能寺の変で織田信長と嫡男・信忠が亡くなったので、その後継体制を決める会議が信長の三男・信孝の居城、清洲城で開かれた。いわゆる清洲会議である。

「本能寺の変」から「中国大返し」へ

「天下布武」を目指す織田信長を最も苦しめた本願寺との石山合戦は1570年から実に11年かけて戦われた。信長を戦慄させた武田信玄の進軍も、本願寺の呼び掛けで北陸の門徒たちが上杉謙信を引き付けていたためであり、本願寺を中心に信長包囲網が築かれていた。信長の強運は、上洛を目指していた信玄が1573年に病死したことである。

≪6≫雲海に浮かぶ「天空の城」

 兵庫県朝来市和田山町竹田にある竹田城址は、晩秋から冬にかけての早朝、しばしば円山川の川霧によって雲海に浮かぶことから「天空の城」として知られている。

≪5≫市と慶、戦国の女性の生きざま

 3月29日の大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第12話「小谷城の再会」で、木下藤吉郎(秀吉)と弟・小一郎(秀長)が信長に連れられ、小谷城の浅井長政に嫁いだ市を訪ねた。

≪4≫〝中村愛〟あふれる大河ドラマ館

 「豊臣兄弟! 名古屋中村 大河ドラマ館」が1月24日、名古屋市中村区にある中村公園・豊臣ミュージアム内にオープンした。記者が訪れたのは2月11日。9時半開館の20分前に着くと既に行列ができていて、入館が始まっていた。

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