舞台『灯に佇む』(加藤健一事務所)

〝いのちの灯火〟に思い馳せ

翻訳物の娯楽作品を得意とする加藤健一事務所の最新作は、『灯に佇む』(作・内藤裕子、演出・堤泰之)という、医療現場を舞台にしたヒューマンドラマ。がんと戦う患者、それをとりまく家族や医者との人間模様を描いている。新宿・紀伊國屋ホールにて10月3日から13日まで上演された。

物語のモチーフとなるのが、実際に存在する、丸山ワクチンという厚生労働省不認可の治療薬。

同ワクチンは、もともと丸山千里博士が皮膚結核の治療薬に改良を加えて作った医薬品で、がん治療薬としても使用されている。副作用も無く安価だが、認可が下りていないため、認知度や社会的信頼性が低い。

よって、たとえ患者がその治療を受けたくとも、医師が見つからなかったり、家族が賛成しない場合もあったりする。物語は、そこを軸に描いている。

誰も避けることのできない〝老い〟、伴う病。そして、がんはもはや誰にとっても他人事ではない。

加藤は今回、小さな医院の院長を引退した老医師・篠田秀和を演じた。加藤自身「赤ひげ先生」にとても感銘を受けた経験があるといい、患者と丁寧に向き合う医師の姿は、赤ひげ先生を彷彿とさせた。

患者は、篠田の同級生の鉱一(新井康弘)。土曜日だけ診察している篠田の元をふらりと訪れ、がんを宣告されたことを力なく打ち明けた。

鉱一は、数年前にも妻をがんで失っている。帰り際に看護師の津山(加藤忍)に呼び止められたことから、物語は展開する。

多くのがん患者が、病状が改善したり治ったりした例があるにもかかわらず未だ認可が下りない丸山ワクチンは、強く希望すれば自由診療で受けられる。残された時間を楽しみたい鉱一は丸山ワクチン治療を望んだが……。

左から加藤忍、新井康弘、加藤健一(撮影:石川 純)
左から加藤忍、新井康弘、加藤健一(撮影:石川 純)

〝いのちの闘い〟である。治療法を巡り、本人、意見の食い違う医師、家族の真剣なやりとりが続く。それは現代の西洋医学や、医療の在り方をも考えさせられた。

シリアスの中に笑いを加えるのは非常に難しいことだが、本作は見事に織り交ぜられている。コメディー演出の達人・堤の、演出の妙である。

誰しもが間違いなく〝死〟に向かっている。がんは、立ち止まって考える時間が与えられる場合が多い。残された時間をいかに生きるか、いかに人生を終えるか。治療とは誰のためのものなのか。

舞台で数え切れないほどの人生を演じてきた、74歳の加藤だからこそ選んだ作品。

タイトルの「灯に佇む」は、皆がいつか消えるいのちの灯火の下で、少し立ち止まってみることを奨めてくれているのだろうか。

その他の出演は、阪本篤(温泉ドラゴン)、占部房子、加藤義宗、西山聖了。(星野睦子)

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