加藤健一事務所音楽劇『詩人の恋』

2人芝居、初の親子共演

加藤健一事務所が、14年ぶり5回目となる『詩人の恋』(作=ジョン・マランス、訳=小田島恒志、演出=藤井ごう)を上演中だ。今回は初の親子共演となった。

舞台は音楽の都ウィーン、時は 1986年。第2次世界大戦から約40年経ったとはいえ、東西ヨーロッパの狭間に位置するこの地には多様な人々が暮らし、それぞれが重い過去を内に抱え、戦争の傷が癒えたとは言いがたい頃だった。

登場人物は、かつて神童といわれた米国の青年ピアニストのスティーブン(加藤義宗)と、声楽家のマシュカン老教授(加藤健一)の2人のみ。

壁に突き当たり、半ば自暴自棄になったスティーブンは、信頼する師からなぜかマシュカン教授のもとに送られ、歌のレッスンをさせられて憤慨する。

譜面を正確に、あるいは既存の音楽家の演奏を正確に再現することにかけては天才的なスティーブンと、偏屈だが歌に対して度が過ぎるくらいの情感を込めて表現するマシュカンの、数カ月にわたる密度の濃い日々を描く。
同事務所の作品は、台詞が多いのがデフォルト。登場人物が少ないと、その分必然的に覚える台詞も激増。本作は、たった2人なのに怒濤のような台詞のやり取りに終始する。

さらに音楽劇ゆえ、ピアノを弾いて歌も歌う。それもドイツ語、英語、日本語の歌詞が入り乱れて、だ。げに役者とは偉大である。

今回の上演にあたり、父(健一)は、息子の義宗にスティーブンの役を、と3年前に考え、一年間声楽のレッスンを受けさせた後、ゴーサインとなった。

2人は俳優としては役柄と同じく師弟である。だが、実の親子でしか醸し出し得ない、成し得ないものがあるはず。

師弟となった2人は、徐々に打ち解けていく
師弟となった2人は、徐々に打ち解けていく

物語が進むに連れ、徐々にそれぞれの消し去りたい過去や隠したい信仰が露わになり、かつて敵対した歴史が2人の関係を危うくする場面も少なくない。だが、どんなときも物語のベースにあったのは、シューマン(ドイツ人)の歌曲『詩人の恋』の根底にある思いを、スティーブンに歌で表現させたいというマシュカンの強い意志。

言葉にすると平凡だが、やはり音楽は、歌は、民族も国境も超えて人との絆を強め、歌う者の心情をも深める最良のツールなのだ。スティーブンも、このレッスンを受けたからこそ、突き当たった壁を突き破るか飛び越えて、ピアニストとしてさらに高みへのぼってゆくことになるのだろう。

1月22日から2月2日まで、東京・下北沢の本多劇場で上演中。(星野睦子)

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